『蛙に学ぶ』

「かえる」についてのさまざまな知見を得て、さらに「かえる」が人間文化とどのように関わっているのか、を調べています



ヴァーチュオーソ

1776年、トーマス・シャドウェル(Thomas Shadwell)によって書かれた、喜劇「ヴァーチュオーソ」(The Votuoso)に蛙が登場しますので、その一部を紹介します。


 
「ヴァーチュオーソ」であるサー・ニコラスの研究室を訪れた二人の紳士に対して、サー・ニコラスの妻が新実験の様子を説明する場面。
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第 ニ 幕
第 一 場
(前略)
ジムラック夫人 それは確かに、サー・ニコラスは孤独な学者、素敵な人よ。でも私の性分から言ったら、もっと明るくて、楽しい、若い情熱が相応しいのね。年寄り臭い、不毛な沈思黙考は合わないの。
ロングウィル ええ、奥様には、若さがお似合いです。奥様御自身がお若いのだから。ところで、私どもはサー・ニコラス殿とお約束致したのですが、本当にお会い出来るものでしょうか。
ジムラック夫人 実を申しますと、家におりますのよ。ちょっと私事で。でもお二人のような立派な方に来て戴いて、お待たせすることはありませんわね。今、水泳を習っておりますの。
ロングウィル お宅にプールか何かおありなのですか?
ジムラック夫人 水の中で練習するのではありませんの。
ブルース 水の中ではない?すると、どこで?
ジムラック夫人 研究室です。広々としていて、実験器具などが置いてありますけれど。
ロングウィル 研究室で・・・水泳を?どうやるんでしょう。
ジムラック夫人 水泳の先生が来て教えるのですわ。
ブルース 水泳の・・・先生!それは前代未聞。(独白)これは変っている。よほどの変人だ。
ジムラック夫人 水槽にを一匹いれまして、その後ろ肢に荷造り用の紐を結えて泳がせるのです。で、主人のサー・ニコラスはテーブルの上に腹這いになりまして、その水槽を目の前に置きます。そうして、紐の一方の端を口に銜えてが水を蹴ると、その真似をして自分も後足で蹴ります。水泳の先生がそれを見て、今の蹴りはよかったとか悪かったとか、批評をするのですわ。
ロングウィル (独白)こんな馬鹿には、お目にかかったことがないぜ。
ブルース 奥様、ご主人ほど進歩的なヴァーチュオーソで、そこまでの境地に達する人は滅多にいません。いや、実に私が見聞きしたなかでも、一番興味深い発明です。
ジムラック夫人 まぁ、こんなものでしたら主人はいくつでも作ってますわ。主人はたぐいまれな実験科学者ですから。王立協会は、主人の採用を断って来たのですよ。才能が嫉ましいのですわ、きっと。
ロングウィル この水泳の新しい練習方法を見せて戴くわけにはまいりませんでしょうか。
ジムラック夫人 他ならぬお二方からの御依頼、喜んで。さあ、どうぞこちらへ。
(三人退場)


第 二 幕
第 二 場

(サー・ニコラスがテーブルの上で水泳を習っている。サー・フォーマルと水泳教師が横に立っている)

サー・フォーマル いや、実に実に、これは立派な発明ですな。この発明ならば、水の科学、即ち「流体」における秘密などたちまちあばかれ、サー・ニコラス殿が世界中のいかなるより速く泳げるようになられること、疑いなしですな。それは勿論、は水陸両棲の生きもの、水泳は生まれつきお手のもの。それでもすぐにその域に・・・。
水泳教師 いいですぞサー・ニコラス!今の蹴りは見事なものでした。イギリス中を捜しても、今の泳ぎに勝るものはありません。さあ、をよく見て下さい。両腕をもっと身体に近付けて。それからさっと、強く前に出すのです。両足はもう少しくっつけて。はい、よろしい。完璧です。

(ブルース、ロングウィルとジムラック夫人、登場)

ブルース このまま見ていましょう、奥様。邪魔をしないで。
ロングウィル これは偉大な発明だ。
ジムラック夫人 王立協会では思いもつかないモノですわ。
サー・ニコラス ちょっと一息入れよう。いや、サー・フォーマル君、この小動物の動きを観察すると実に面白いね。こいつの肢に紐を結わえて、私が歯でその紐を銜えて、彼の動きを制限しているのだ。だからこいつは、動きを止められたり、水に沈ませられたり。しかし、それにも拘らず、不撓不屈の動きをもって、自分の身体をこの水面上、即ちこの液体の表面上に保っているのだからな。
サー・フォーマル まさに不撓不屈。しかし先生の才能は、必ずこの小動物の力を越えるに至るでありましょう。いえ、この小動物に限りません。地球に住むいかなるといえども、先生の泳ぎには遠く及ばなくなる日がすぐにまいりましょう。
サー・ニコラス いや、私も疑ってはいない、私がそのうち水陸両棲人間になるだろうことをな。人間は技術によって自分をいかなるものにも変形させることが可能なのだ。今現在、空を飛べると言われている科学者は沢山いる。しかし私のは、ただ単に飛べるなどという生易しいものではない。あの雁の仲間の大きな鳥、バスタードよりも速く飛べるのだ。どんなに足の速いグレイハウンドが追いかけて来たって、私が翼さえつければ追いつけるものではない。いや、空飛ぶ技術が改良されてちょっと翼さえつければ、月まで行けるようになる日も間近だ。丁度今サセックスまで行くのに、気楽に防水用長靴を買っているが、その頃になればそれと同じように、翼をつけることなど手軽なことと考えられていることだろう。
サー・フォーマル 月まで行ける、まことに左様で。先生がこれまでになさって来られた科学の業績を考慮に入れますと、そのようなこと、何の困難もあろう筈がありません。またそうなりますと、各界のお偉方からの問い合わせも殺到することでございましょうな。何せ月の世界からの知識となれば、今日の政治に無限の示唆を与えてくれることでしょうから。
サー・ニコラス その通り。月はドミナ・フミディオ・オーラム、即ち水分を含む物質を支配する力を持っておる。つまり地球上の島という島は全てこの、月の支配下にある。また人間の頭脳に狂いが出てくるのもまた、この月のせいなのだ。島も頭も水が含まれておるからな。しかしそれはそれ、この間に呼吸の運動のお蔭で、私の肺は十分に熱を取り去ることが出来た。そろそろ水泳に戻るとしよう。
水泳教師 いや、素晴らしい!見事な泳ぎ!ヨーロッパいちの泳ぎです。
サー・フォーマル ああ、先生! 先日よりお話致しておりました、紳士かつ哲学者たる二名、先生のお手に接吻をと小生、招待致しておりましたが、只今ここに。このような卓越せるお方々の間を取り持つ役を仰せ付かるとは小生、全く光栄この上なく、実に誇りに思っておる次第でして。
ブルース 私ども、サー・ニコラス殿そしてサー・フォーマル殿に恭しくお仕えする者です。
ロングウィル このように高名な科学者殿とお知りあいになれますことを誠に光栄に思っております。
サー・ニコラス このように貧弱な研究室にようこそおいで下さいました。科学に関することで私がお役に立てることがあれば何でもお申し付け下さい。私は生来、拡散的な性分でして、知りあいは多いのです。必要とあれば喜んでそれぞれその道の優秀な専門家に一筆書いて差し上げますが。
ロングウィル いえいえ、他の方に御紹介などと。私共は科学者サー・ニコラス殿の御高名をお慕い致しまして・・・。
サー・フォーマル サー・ニコラス殿こそまさに科学の世界全体で誇るべき方でいらっしゃる。また、物理・機械方面では、さらに特別な扱いをお受けになるべき・・・。
サー・ニコラス 確かにその方面では多少な。サー・フォーマル君の修辞学に誰も叶う者がいないとすれば、まあ、私の物理・機械方面の知識もまんざらではないと言えようか。
ロングウィル (独白)お互いによくまあ恥ずかしげもなく・・・。
ブルース われら二人、サー・ニコラス殿の熱心な崇拝者でして。しかし、どんなに珍しい発明が他に色々ありましょうとも、この水泳の練習ほど素晴らしいものがあるとは到底想像がつきません。
サー・フォーマル なにしろたった二週間の練習で、ヨーロッパいちの泳ぎ手にまでなれるという単純明解な訓練法なんですからな。いや、ヨーロッパいちではきかない、今や魚にも負けるものではありません。
ロングウィル 水の中でお試しになったことがあるのですか?
サー・ニコラス いや、水の中でなど試す必要はない。陸上で立派に泳げているのだ。
ブルース 水でお試しになってみる予定は?
サー・ニコラス 水でだと?とんでもない。私は水が嫌いだ。水になど入る気持はない。
ロングウィル すると、水泳の意味はどこにあるのでしょう。
サー・ニコラス 私は水泳の理論的な面に興味があるのだ。実用は好きではない。実用まで下るのは私のやり方ではない。知識を得るのが私の究極の目的なのだ。
ブルース もっともなことです、先生。美徳もそうですが、知識も、それ自身で既に価値があるのですから。
サー・フォーマル 実用のための研究は、欲得づくで下品ですな。平静な科学者のよく目的とするところにあらざる物ですな、実用など。
サー・ニコラス いや、正にその通りだ、サー・フォーマル君。物理は例外だが、他のいかなる事柄も、私は実用のために研究してはおらん。ただ、医学はこれ、貧しい人々のためにと思ってな。多分お分かり戴けると思うが。
(後略)
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陸用「水泳練習機」なる発明がされている下り。
泳ぎの達人である蛙に合わせて手足を動かせば泳ぎができるようになる!という。
劇中のこのシーンは「ヴァーチュオーソ」であるサー・ニコラスの「科学者」面を紹介するためのプロットで、メインには、この蛙は全くからんでこない。

さて、皆さんが聞きなれない「ヴァーチュオーソ」について解説すると、もともとは「目利き」を指す言葉で17世紀前半、古銭・メダル・石碑など古代遺物や絵画一般について造詣が深い人を敬意を込めて呼ぶ際に盛んに使われた。
17世紀のイギリスは航海術を駆使し、海外からこれまで国内で見たこともないようなモノが流通し始め、「ヴァーチュオーソ」たちは、こぞってそれをコレクションし、雑多に陳列して見せていた。
私設博物館とでもいうべきもので、これが博物館の創始とされている。
さて、もとにもどって「ヴァーチュオーソ」は17世紀後半「産業革命」にて「科学革命」がおこると、「観察」や「実験」の探求を行うものが「ヴァーチュオーソ」と総称されるようになった。

この喜劇「ヴァーチュオーソ」において誇張して書かれた、世間の目など関係なしに、収集・実験・発明にまい進し、気楽な生活を続けていたサー・ニコラスであるが、やがて実験器具購入に湯水のごとく金を使い、知らぬ間に借金だらけになってしまう。
金の切れ目が縁の切れ目。家族にも見捨てられたサー・ニコラスは「もっと人間の研究をしておけばよかった」と「ヴァーチュオーソ」の転落を示唆する結末となる。

【参考文献】
『ヴァーチュオーソと科学』(国立国会図書館)


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